History

Last updated : 2017/--/--

1963 北大医学部軟式庭球部発足
  当時、生化学教室教授の安田守雄先生(故人)のもとへ、初代主将高瀬浩先生(41期)をはじめとするM3が3名、M2が1名、M1とC2で12~13名が集い、発足した。東医体には出場せず、対外試合は対札幌医大戦しかなかった。
   
  東医体へ初参加
  東医体へ初参加。東医体合宿は高瀬先生の民宿を利用させていただいた。秋の対札医戦から末吉杯(札医軟庭部長)という団体用カップ登場。今井陽先生が部長に就任される。
   
1964  
   
1965 今井杯登場
  春の札医戦から、今井杯も登場。合宿は新琴似の風呂屋の2階。
   
1967 部誌創刊
  盛岡合宿が行われる。これは、49期岸原隆先生、50期岸原千秋先生のご兄弟の おかげで、1975年ほどまで続く。山下裕久先生(46期)のご尽力で、部誌が創刊される。
   
1970 東医体主管
  東医体を主管。また、学連にも新人戦から初参加。ともに、藤田正樹先生(47期)によるところが大きい。
   
1972 東医体準決リーグ進出
   
1974 部誌第2号創刊
   
1975 男子学連3部から...
  春学連3部1位になるも、入れ替え戦で敗れる。秋学連は3部同率1位になるも、得ゲーム差で2位。
   
1976 北医体始まる
  北医体が開始される。伊藤有賀組堂々の第1回優勝ペアに輝く。
   
1977 部誌題3号が発刊される
   
1979 男子第1部昇格
  春学連で男子1部に昇格。「強い北医軟庭部」の幕開け。
   
1980 東医体初優勝
  北医体優勝。さらに、念願の東医体初優勝。部誌第4号発刊。
   
1981 全医体準優勝
  全医体を主管し、準優勝に輝く。部誌第5号発刊。 秋学連で男子2部陥落。初代部長安田先生御逝去。
   
1982 創部20周年
  部誌第6号を発刊。
   
1983 男子3部陥落
  部誌第7号を発刊。春学連で男子3部陥落。北医体・東医体個人戦にて小林中江組準優勝。
   
1984 道医体始まる
  旭川医大、北大歯学部、札幌医大、そして我が部による道医体が始まる。部誌第8号発刊。
   
1985 今井先生御退官
  北医体を主管し、個人戦長嶋石井(伸)組準優勝。男子春学連で2部に昇格。東医体個人戦、土田久須美組優勝。第2代部長今井先生が御退官され、部誌第9号発刊される。
   
1986 東医体男子準優勝
  石橋輝雄先生第3代部長に就任。東医体で男子団体戦準優勝。全医体個人戦、長嶋片岡(英)組準優勝。
   
1987 北医体男子優勝
  北医体男子団体戦優勝。その勢いで、秋学連男子1部昇格。部誌第10号発刊。
   
1988 久須美主将のもと最強時代
  春学連、男子団体戦準優勝。北医体団体戦2連覇。東医体女子団体戦準優勝。秋学連、優勝への3本マッチをとるも、準優勝。秋学連個人戦、三浦久須美組優勝。
   
1989 東医体優勝
  北医体3連覇。また個人戦三浦久須美組優勝。念願の男子東医体優勝(2度目)。東医体女子団体戦2年連続準優勝。部誌第11号発刊。
   
1990 東医体女子優勝!
  第4代部長に高取健彦先生就任。北医体男子準優勝、東医体準優勝、全医体第3位。東医体女子団体戦念願の優勝。個人戦では佐野古市組優勝。さらに全医体では、同組準優勝。
   
1991 全医体男子個人戦優勝
  北医体男子個人戦では、決勝が部内戦になり、三浦片岡(英)組優勝、片岡(宙)渡辺組準優勝。東医体で男子団体戦準優勝。全医体三浦片岡(英)組個人戦優勝。部誌第12号発刊。第5代部長に寺沢浩一先生就任される。
   
1992 創部30周年
  創部30周年を迎える。春学連男子2部陥落。部誌第13号発刊。
   
1993 北医体主管
  東医体第5位となり、西医体との関係で全医体出場。個人戦では、新田鈴木組第3位。旧ルール最後の秋学連では、2部最下位となり、入替戦へいくも、2部残留。
   
1994 東医体主管
  新ルール最初の春学連にて、1部2部入替戦に進出、道工大を3-2で破り、2年ぶりに1部復帰。道医体では、男子優勝を飾り、新田鈴木組が個人戦優勝。しかし、主管をした東医体では予選リーグ落ち。
   
1995 男子東医体優勝!!
  春学連個人戦では新田新田組が第3位となる。山形で行われた北医体では男子団体3位、女子団体準優勝を決め、男子個人戦では新田新田組が準優勝。東医体では、男子団体戦で札医大・新潟大を破り、6年ぶり3度目の優勝。全医体では、新田新田組が第3位となる。
   
1996 女子部の活躍
  春学連では、男子1部2部入れ替え戦にまわるも、酪農大を破り、1部残留。北医体では男子個人戦で新田新田組が第3位。北医体女子団体では優勝!東医体では女子個人戦で刀袮清水組が準優勝し、全医体では同ペアが第3位に輝く。秋学連では、男子2部陥落。
   
1997 新田・新田組大いに活躍
  北医体では男子個人戦で新田新田組、女子個人戦で松本清水組がアベック優勝を飾る。東医体では男子団体戦第3位。男子個人戦では新田新田組が優勝する。しかし、東医体前に行われた道医体では同ペアは稲場堀組(旭医大)に敗れ準優勝であった。
   
1998 北医体女子団体優勝
  札幌で行われた北医体で女子団体戦優勝を飾る。東医体では女子団体戦第3位。3月の総季インドアでは長栗田組が3位と好成績を収める。
   
1999 東医体優勝など「女子の時代」
  春学連では、男子2部3部入れ替え戦に回るも2部残留を決め、女子は1部2部入れ替え戦で見事に1部昇格となる。北医体女子では決勝リーグで札医に敗れるも第2位。
  東医体女子団体では、9年ぶり2度目となる優勝に輝き、個人では長栗田組が第3位となる。
  その後行われた全医体では、団体で準優勝となり、長清水組が第3位と健闘する。
   
2000 女子最強時代
  春学連、女子団体第3位。仙台で行われた北医体では、女子団体で優勝し、男子個人では藤原庄野組が第3位となる。主管の道医体では、女子団体優勝し、男子個人で西尾鈴木組がタイトルを取る。
  そして東医体では、女子団体で2年連続3回目の優勝!さらに女子個人では長長尾組が優勝し、団体・個人共に征す。尚、男子団体は久しぶりの予選落ち。その後行われた全医体では、女子団体で準優勝となり、女子個人では若い石垣黒田組が準優勝となる。
   
2001 相変わらず女子強し
  北医体で女子準優勝。道医体団体では男女とも準優勝に終わるが、個人戦決勝は男女とも久々の部内戦となった。男子は藤原庄野組が山崎赤澤組を破り、貫禄のV。女子は石垣黒田組が西川中谷組を破り、こちらも貫禄を見せつける。
  東医体では男子準決勝トーナメント1回戦敗退。女子は決勝リーグで東北大学に敗れ、3年連続の優勝は阻まれた。女子個人では予想通り準決勝で部内戦となり、長黒田組が石垣中谷組の挑戦を退けた。結局、長黒田組が優勝し、石垣中谷組は3位となる。その後の全医体では、またしても準優勝となり、今年度女子団体で「準」の文字がはずれることはなかった。
  秋学連では、女子団体で入れ替え戦に回るも、何とか1部残留。
   
2002 やはり女子強し。男子好戦。
  北医体で女子準優勝、男子3位。個人戦では石垣黒田組が準優勝。
  道医体で男女アベック優勝。
  東医体では、女子団体戦で2年ぶりの優勝、男子準決勝トーナメントで2回戦に進むも、あと一歩。結果6位。
  全医体は女子が出場し、女子団体戦優勝、さらに女子個人戦で石垣黒田組が優勝。
  女子は今年も強かった。北医体の”準”優勝が悔やまれるくらいである。男子は東医体準決勝トーナメント一回戦を勝ち進んだ。男子も確実に成績を上げている。
  秋学連では女子団体で入れ替えに回るも一部に残留。男子団体は2部2位。
  総季インドア大会では、石垣黒田組が個人戦優勝。学連の個人戦優勝は久々。素晴らしい。
   
2003 男女共に大活躍
  今年は昨年度の男子主力がいなくなったことで、チーム力の低下が心配された。女子も不安があるかと思われた。
  春学連にて、女子団体戦1部3位、石垣黒田組3位。北医体は男女アベック優勝!さらに石垣黒田組は個人戦優勝。これで石垣黒田組は医学系の大会をすべて優勝したことに。おめでとうございます。
  道医体はまたしても男女アベック優勝。個人戦は山崎松岡組準優勝、女子個人戦決勝は部内戦となり、石垣黒田組優勝、荻野中谷組準優勝。
  東医体は男子団体戦6位、女子団体戦3位。昨年度の成績を超えられなくて残念。実は男女共に、東医体までは団体戦は無敗だったというのだが。
  今年で男女共にチームの主力が大半いなくなることで、来年が心配されている。来年度は新レギュラーに期待!
   
2004 男女アベック全医体出場
   
  保健学科が設立され、部への入部の元旦となったこの年。今年は男子部は浮き沈みの非常に激しい年となった。
  北医体ではリーグ7位、道医体では準優勝であり、チームの基盤が抜けたことによる精神的な弱さがあるのか、などと男子部内でも意見が分かれた。
  東医体では今までの大会が嘘のような強さを見せ、団体5位で全医体出場権を得た。その一方で女子部は学連では2部に降格したものの、医学系の大会では強さを見せ、東医体団体準優勝で全医体にも出場した。個人では大原中谷組が道医体優勝、東医体準優勝と強さを見せ、中谷は東西対抗の大将に選ばれた。
  残念ながら男子部は秋学連で3部降格となる。
   
2005 成長の証
  医学科・保健学科共に成長を見せ、個人としての成長と共に、チームとしての強さが見られるようになってきた。
  男子部としては、北医体3位、道医体優勝、東医体は準決勝トーナメント一回戦で惜しくも敗退という結果であったが、秋学連において2部昇格を達成した。個人では道医体で表彰台独占(高橋松岡組優勝、石井浮城組準優勝、鎌田石垣組3位)し、数年ぶりの男子部の部内戦が見られた。
  女子部も強さを見せ、北医体で惜しくもリーグ2位、道医体準優勝、東医体5位という実力を見せた。男女共に団体では全医体出場とはならなかったが、個人では湯川櫻町組が全医体に出場した。
   
   
2006 男女アベック全医体出場
  男子部としては春学連においては2部2位と健闘。北医体では優勝決定戦で旭医に破れおしくも準優勝であったが、個人戦において高橋石垣組が優勝。決勝戦も5-1で勝つという圧倒的な強さを見せた。同ペアは夏学連においてベスト16にはいりインカレ出場権も得る。道医体では男女アベック優勝。男子個人戦でも高橋石垣組優勝、石井松岡組3位と強 さを見せた。女子では助乗畑中組が準優勝。 秋学連で男子は2部1位になったが入替戦で北海に破れ2部残留となった。 東医体では男子4位、女子5位となり全医体に男女アベック出場を果たした。個人戦でも男子の石井松岡組が準優勝、女子の湯川松宮組が8本にはいり、この二組は全医体出場を果たし、男女共に活躍した。
   
2007 男女ともに、活躍
  男子部としては、春学連においてついに念願の1部昇格を果たした。 さらに北医体団体優勝、個人戦では石井(千)松岡組が準優勝、鎌田石垣組が四本に入るなど好成績を残した。道医体では、団体戦Aチーム優勝を果たし、強さを見せつけた。東医体では、団体第7位あつかいとなり、全医体出場を果たした。一方で秋学連では、再び2部に降格してしまう結果となった。新人戦では石川西舘組がベスト8に入るなど、若い世代の台頭のはじまりであった。女子部では、こちらも春学連の団体戦で2部昇格を果たし、北医体団体戦では、3位決定戦に見事勝利し結果第3位となった。道医体の団体戦では札幌医科大学に惜しくも敗れるも準優勝、個人戦でも寺島木平ペアが準優勝を果たした。東医体でも団体戦第3位で見事全医体出場を果たし、個人戦では佐藤草島ペアが、ベスト16入りを果たした。
   
2008 男子部好成績
  男子部としては、春学連団体2部第2位、秋学連2部第3位と健闘した。北医体団体優勝、さらに道医体Aチーム優勝・Bチーム準優勝と、次々好成績を収め、チーム力の高さを見せつけた。個人戦においては鎌田石垣組が北医体・道医体ともに準優勝を果たした。東医体では団体リーグ第3位、個人戦では鎌田橋口組が第3位、石井(千)佐藤組がベスト32(17位扱い)となり、ともに全医体出場を決めた。女子部としては、春学連2部第2位と健闘、秋学連では2部第5位という結果となった。北医体団体リーグ第2位となり、個人戦では助乗畑中組ベスト16、寺島木平組ベスト16という結果となった。道医体では見事団体優勝を果たし、個人戦でも助乗畑中組ベスト4、佐々木稲上組ベスト8に入るなどの好成績を残した。東医体では個人戦において寺島木平組がベスト8、佐藤草島組がベスト16に入り、寺島木平組が全医体出場、全医体では見事ベスト16入りを果たした。
   
2009 医学系の大会で好成績
  男子は春学連において2部6位となってしまい2部3部入れ替え戦があったが岩手で行われる北医体への移動のため入れ替え戦に出場できず残念ながら3部降格となってしまった。この年の秋学連は団体戦雨天中止となってしまった。しかし北医体では団体戦第3位に入賞し、個人戦でもベスト16に大東・西舘組、金平・菊池組、石井(保)・南部組が入るなど健闘した。道医体では団体戦Aチーム優勝、Bチーム準優勝、個人戦では石井(千)・谷井組準優勝、石川・西舘組第3位、大東・菊池組第4位、窪田・深川組ベスト8、森・佐藤組ベスト8に入るなど、団体戦・個人戦ともに強さを見せつける形となった。東医体では、団体戦でゲーム差で惜しくもリーグ第3位となり予選敗退となってしまった。 一方女子は団体戦は春学連2部第4位、北医体はリーグ第3位という結果となった。北医体個人戦ではベスト16に寺島木平組、川口草島組の2ペアがが入った道医体では団体戦Aチーム準優勝、Bチーム第4位となり、女子のレベルのアップが見受けられた。また、個人戦では寺島木平組が準優勝、佐々木稲上組がベスト8入りするなど相変わらずの強さであった。東医体では団体戦で準優勝をおさめ全医体出場、個人戦では寺島木平組がベスト16で9い扱いとなり見事全医体出場を果たした。全医体で寺島木平組はベスト8入りした。
   
2010 女子道医体優勝
  男子は春学連・秋学連においてともに3部残留となり悔しい結果となった。北医体は団体戦第4位、個人戦ではベスト8に窪田深川組・横山佐藤組、ベスト16に梅村菊池組・石川吉村組が入った。また、東医体では団体予選リーグ4位で敗退した。女子は春学連において3部に降格してしまった。しかしその後の秋学連ですぐに2部に昇格することができた。北医体では団体戦準優勝、個人戦では佐々木稲上組ベスト8、佐藤草島組ベスト16に入った。道医体では団体戦Aチーム優勝個人戦では佐々木稲上組が第3位となった。東医体では第3位となり全医体に出場した。
   
2011 男女ともにたくさん優勝!!
  男子は春学連・秋学連においてともに3部残留となってしまった。北医体個人戦では沖野菊池組がベスト16になった。道医体の団体戦ではAチームが準優勝し、個人戦で横山菊池組が見事優勝した!東医体では個人戦で緒方佐藤組がベスト16で全医体に出場した。また、常田和田組がベスト32となった。女子は、春学連・秋学連ともに2部残留。北医体では団体戦優勝、個人戦では青山田中組優勝!佐藤草島組第3位となり結果を残した。道医体は団体戦Aチーム優勝、Bチーム第3位。個人戦では彩花さんが熱中症になりながらも熱戦を繰り広げ佐々木稲上組が準優勝を果たし、青山田中組は第3位となった。東医体では団体戦準優勝で全医体出場、個人戦では多田瀧本組ベスト4、佐藤草島組ベスト8に入り全医体に出場し、多田瀧本組は全医体でベスト8となった。
   
2012 男子2部昇格!女子1部昇格!
  春学連では惜しくも3部残留となってしまったが、秋学連でついに念願の2部昇格を果たした!!何度も悔しい思いをしてきた分うれしさ100倍で、みんなでうれし泣きしていました。北医体では団体戦リーグ第3位で少し悔しい結果となった。個人戦では五十嵐渡部組がベスト16入りした。東医体では個人戦で常田和田組、緒方佐藤組がベスト16と結果を残し、全医体に出場した。さらに新人戦ではなんと函大を倒し、準決勝まで進んだ!最後は惜しくも学院Bに負けてしまったが、ベスト4入りし、学連において1部を見据えられる良い結果を残すことができた。女子も春学連においてなんと1部昇格を果たし、秋学連においても見事1部残留した。北医体ではなんと昨年に続き優勝し、連覇を果たした!!
   
2014 男女ともに好成績!
  北医体では女子個人戦で青山・佐藤ペアが優勝。道医体において男子は団体Aチームが優勝、梅村・渡部ペアが3位、山本・鶴喰ペアが4位であった。女子も青山・佐藤ペアが優勝、川村・種村ペアが3位と好成績を残した。東医体においては梅村・長島ペアが優勝(雷雨のためベスト4のペアすべてが優勝扱い)した。また、秋になり、宮城で行われた秋季北医体では男子Aチームが4位入賞。個人戦では梅村・渡部ペアが優勝、池守・千々松ペアがベスト16であった。新人戦では女子団体Aチームが3位に入賞した。年度をしめくくる総期インドア大会では梅村・渡部ペアが準優勝した。
   
2015 梅村・渡部組最後の年

 

 2016

男子団体は春学連において惜しくも2部降格となってしまったが、秋学連で再び1部に昇格し、春の雪辱を晴らした。また、道医体では優勝、春季北医体では5位、東医体では6位であった。個人戦では梅村渡部ペアの最終年であり、道医体で優勝、北医体では準優勝、引退試合の秋学連ではベスト4と好成績を残した。シングルス大会においては梅村がベスト4であった。女子団体は大きな世代交代があったが去年に引き続き一部残留。春季北医体、道医体ともに惜しくも準優勝であった。個人戦においては川村佐藤ペアが春季北医体で準優勝、道医体で優勝を飾った。

 

男子悔しくも2部降格、女子は好調

今年はあまり天候に恵まれず、道医体や秋学個人が雨天のため中止となった。男子は主力であったメンバーが次々と引退し、大きな世代交代となった。しかし抜けた穴は大きく春学団体戦で悔しくも2部に降格。なかなか好成績を取るのが難しい年であった。一方の女子は目標の1部入賞は叶わなかったが、安定して1部に残留することができた。東医体予選では念願の1位通過を果たし、更には全医体へ出場することができた。また大学始めの選手も大活躍し、総期インドア大会ではテニス歴3年・2年の佐々木・高橋がベスト8と下剋上を遂げた。秋北では見事菊池・京谷ペアが準優勝を飾った。